キャラ視点と神視点:スーパーマリオギャラクシー雑感

スーパーマリオギャラクシー
スーパーマリオギャラクシー

 Wiiの「スーパーマリオギャラクシー」をプレイ中。ようやく7〜8時間ってところでしょうか。
 とりあえず、このゲームはおもしろい!それは断言できます。しかし、プレイしていてなんだかちょっと引っかかるというか、自分の中にモゾモゾする部分があって、まだうまく咀嚼できてません。ひとまず今のところまで感じたことのメモみたいな感じで。


 まず、このゲームはいろんな感覚を揺さぶるゲームでした。

 本作の最も大きな特徴であるユニークな重力システムが、もちろんその大きな原因のひとつなのは間違いありません。
 このゲームのステージは宇宙に浮かぶ小さな星で、球状だったり、落花生型だったり、もっと不定形で変な形だったりします。その地表面にマリオが張りついて、ぐるぐると走り回ることができるんです。宇宙にガスタンクぐらいの星が浮いていて、その上を歩き回っているような感じと言えばわかるでしょうか。つまり、重力のかかる方向が上下左右あらゆる方向に変化しまくるわけです。
 まるで熱でうなされている時のような感覚。めまいを感じさせられてしまいます。

 さらに、重力システム以外にも感覚がおかしくなるところがたぶんいくつかあって、僕が今引っかかっているのが、このゲームの中で「自分(=プレイヤー)」がどこに位置するのかよくわからないというところです。

 多くのアクションゲームは、十字キーやアナログスティック+ボタンで操作するものですが、これらのゲームは、自分がキャラそのものになって動いている感じがします。この場合、プレイヤーの視点はキャラの中にあり、これらはキャラ視点のゲームと言うことができると思います。

 これに対して、画面をポインティングして操作するものがあります。PCなどで、クリックした方向にキャラが動いていくようなものや、DSのゼルダの伝説のように、キーを使わずタッチペンで操作するようなタイプ。これらのゲームでは、プレイヤーはキャラの中から世界を見るというよりは、もっと世界を引いた目で見ていて、むしろ地形の方を見ている感じになります。キャラ視点のゲームに対して、神視点のゲームという感じです。キャラになって動くと言うよりは、動かしているような印象を受けると思います。

 「スーパーマリオギャラクシー」の操作は、アナログスティックで移動し、Aボタンでジャンプします。これはキャラ視点の操作です。ところが、さらにそれと同時に、ポインターで画面の中の敵を打ってみたり、次に進むべき星を指し示したり、画面内のオブジェクトを引っ張ったりして進む場面が多くあるんです。これは神視点の操作です。
 つまりこのゲームでは、キャラ視点と神視点がごちゃごちゃに混ざり合っているんですね。それで、自分がこのゲームにおいてどこにいるのかよく分からなくなり、揺さぶられちゃう感じがするんです。

 この、あんまり体験したことのない違和感が、「おもしろくない」につながっているわけではなく、むしろ逆っぽいんだけど、そこはちょっとまだよくわかってません。とりあえずもうちょっとプレイしてみます。

 こういう新しすぎるゲームを、さりげなく万人に向けて発売しちゃう任天堂って、ほんとスゴイと思います。

“キャラ視点と神視点:スーパーマリオギャラクシー雑感”への3 件のコメント

  1. Septi

    That’s a smart answer to a diffciult question.

  2. Eric

    That’s a modrkblea-er. Great thinking!

  3. Albim

    Great article but it didn’t have evhyiterng-I didn’t find the kitchen sink!

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