情報の少ないゲームと、情報の多いゲーム

ドラクエに「パルプンテ」という呪文がある。この呪文は使うと何が起こるかわからないというすさまじい呪文だ。敵味方全員が眠ってしまったり、呪文を唱えた者がドラゴンに変身してしまったり、とにかくいろんなことが起こる。
ただ文字でしか表示されないこの魔法の効果に、僕はすごく想像をたくましくして、勝手にドキドキしていた。ドラクエの戦闘画面には敵キャラは見えているが、パルプンテで「山のように大きな魔人が現れた」という文字で表される「魔人」の姿はいっさい表示されなかった。自分でどんな魔人なのかを想像して、広告の裏に描いたりしていた。
他にも「どこかで何かが壊れる音がした!」みたいなのとかがあって、これは実際は何も起こっていないんだけど、いったい何が!?とドキドキしたし、なんかこういうことほど楽しいこととして記憶に残ってる。

どこで聞いたか失念してしまったんだけど、映画監督の宮崎駿さんが、昔は家のあちこちに暗闇があったのに、今は少なくなった、ああいう暗闇が子供には重要なんだ、というようなことを言っていた。暗闇が子供に豊かなイメージを与えるんだ、と。その例として、天井裏の暗闇に住む「まっくろくろすけ」のことを挙げていた(と思う…)。

あまり多くを描かず、想像の余地を残したほうがよいという意見は、最近のリアルなゲームに対してもよく聞かれる批判だが、自分のことを振り返ってみると、前述のパルプンテのように確かに昔は今よりも、ゲームの世界を想像によって補完していた割合は大きかったし、それがすごく楽しかったとも思う。

おっさんになった今は想像力も貧困になってしまったので、情報が少ないゲームをやったらめんどくさいからもう全部つくって見せてくれよ、と思うんだろうけど、子供にやらせるんだったらもうちょっと想像の余地が残ってたほうがいいなと思った。せっかく頭の中に膨らますことのできるイメージがあるんだったら、それを使ったほうが楽しくなるんじゃないかな。

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